走れダイエットランナー!

はからずも52にして人生を再スタートすることになりました。健康を取り戻し、また走り始めたい!

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白檀と珈琲と。〜愛しき女よ。バラッドを悲しく歌え〜

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その日は…


当時、付き合っていた女と、2ヶ月ぶりに会える日だった。


俺はそれをとても心待ちにしていた。


その日、女は仕事が休み。


俺は早番のシフト。


難波駅に19時の約束だった。


仕事がその日は忙しく、早番も残業やむなし、の空気だった。


しかし俺は顰蹙を覚悟で定時退社を願い出た。


ふだんは快く残業する俺の頼みだ。責任者は許してくれた。


他のメンバーの視線が突き刺さったが、俺は会社をあとにした。


19時前に、難波についた。


女はまだいない。


19時。


女はまだこない。


19時10分。


女はまだこない。


19時20分。


女はまだこない。


さすがに気になり、ケータイに電話をかけた。


呼び出し音。


呼び出し音。


呼び出し音。


女は出ない。


俺は電話を切った。


そして待った。


19時30分。


女はまだこない。


19時40分。


女はまだこない。


再び、ケータイに電話をかけた。


呼び出し音。


呼び出し音。


呼び出し音。


女は出ない。


俺は電話を切った。


2ヶ月ぶりの逢瀬のはずだった。


しかし、俺は気づきつつあった。


俺はふられたんだと。


いや、そもそも、女に最初から気なんかなかったんだと。


2ヶ月も会えないなどという状況じたいが、向こうからの意思表示だったんだ。


けっこういい女だった。


あの女なら、結婚詐欺でも構わない、などと、冗談で友に話したりした。


結局…


俺は、詐欺にかける価値すらない、ってワケ。


来る気など、最初からなかった約束…


電話もバックレ。


馬鹿な男だよ。


それでも、俺は待った。


19時50分。


女はまだこない。


そして20時。


女は…


こなかった。


あの時の同僚の視線が、今となっては辛かった。


みじめなフラレ男だよ…


俺は改札を通った。


学園前行きの電車に乗った。


みじめだよ。


みじめだよ。


でも…。


仕方ない。


性悪女に引っかかったんだ。


いい女に出会えて、ちょいと夢を見ちまったけど。


いま、夢は終わった。


あしたからまた、別のレールを歩もう。


電車が鶴橋についた。

 

その時…


電話が鳴った。


女からだった。


俺は目を疑った。


もうやめてくれ。


そう言いたかった。

 

出るべきではない。


とっさにそう思ったが…


出て、しまった。


電話口で女は、なにやら謝罪の文句を口にした。


今となっては覚えていない。


ただ…


2ヶ月ぶりに会えるはずだったのに。


何度も電話したのに。


いっさい、応答もしない女だ。


1時間、待ったのに。


何の連絡もしない女だ。


たった今、俺は別のレールを歩もうと決めたのだ。


もう。


引き返すつもりはない。


俺は電車を降りなかった。


女は、学園前に向かう、と言った。


勝手にしな。


いつもの喫茶店で待っていてほしい。


女はそう言った。


もうやめてくれ。


また来ないつもりか。


学園前についた。


バス停。


バスが来た。


俺は…


バスに、乗らなかった。


喫茶店に向かった。


馬鹿な男だよ。


せめてきょう1日だけ、馬鹿を通してみよう。


喫茶店には…


俺しか、客はいなかった。


俺の鼻腔を…


白檀の、甘く、濃厚な香りがくすぐる。


コーヒーの、濃密な薫り。


そいつを口に運んで、俺は待った。


10分。


20分。


30分。


扉が開いた。


女が、入って来た。


「ゴメンなほんまぁ?!ゴメンやで怒ってるぅ?!きょー、朝から、親戚のオッサンと焼肉くーて!ビール10本ワイン5本、空けてもーて!夕方から爆睡ですわ!!電話くれてた?!さっきまで爆睡!!バ!ク!ス!イ!まだ目ヤニついてますわコレ!!ホンマごめんやでぇ!!」


し…


しばい…たろか…


強烈なニンニク臭。

 

白檀もコーヒーもかき消す。


爆裂なアルコール臭。


この女が…


10年後…


「お方さま」と呼ばれる存在になろうとは…


その時の俺は、まだ知るよしもなかったのだった…